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「播州一献」山陽盃酒造を訪ねて

皆さんこんにちは、営業部の川嶋です。兵庫県では国内第一の生産量を誇る山田錦の6割を生産しています。中には特A地区と呼ばれる良質な山田錦を生み出す地域もあり、そこで収穫される酒米は全国の蔵元のあこがれとなっています。そんな酒米の一大産地で酒造りを営む山陽盃酒造を2019年2月のはじめに訪問したので皆さまにご紹介いたします。


▲蔵の外壁

ご存じの方も多いかと思いますが、蔵は2018年11月8日に予期せぬ火災に見舞われました。幸いなことに、人的被害はなく、醸造設備への被害も軽微でしたが、建物の多くを焼失し、始まったばかりの仕込みへの影響は避けられませんでした。今も、火災からの復旧と仕込み作業を並行して行っています。私たちの元にも、火災直後から蔵を心配する声や励ましのお言葉を皆さまから沢山いただきました。今回の訪問記では、その後の蔵の様子を皆さまにお伝できればと思います。

山陽盃酒造は江戸後期の1837年に創業した歴史ある蔵です。築150年の貴重な建物も現存しており、兵庫県から景観形成重要建造物の指定を受けています。焼け崩れたがれきの撤去作業が進む中、先ずは外壁を一番に復元していきたいの事です。外から見える所だけでも直す事で、周りの方に少しでも安心してもらいたいとの思いがあります。


▲左側の写真は出火元となったボイラー室。右側はボイラー室の裏手からの写真。

当時、ボイラーとつながったレンガ煙突の一部が崩れており、そこから漏れた排ガスが煙突脇の柱に直接吹き付けていました。排ガスはCO2なので、それ自体には引火性はありませんが、170℃近くの熱を持っているため、柱が徐々に炭化して燻り、出火したとの事です。ボイラー自体に引火しなかったのが唯一の救いでした。もし、そうなっていたら被害はさらに拡大していたかもしれません。燃え上がった炎はボイラー室のとなりの母屋にも燃え移り、二階は全焼し一階もほぼ全損となりました。明治~大正時代の建物で、建物自体が乾燥しており、火の回りが早くなった原因の一つでした。

蔵の裏手の松の木は半分燃えてしまいましたが、この木と土壁が火を防いだことで、近隣へ火が燃え移らず済んだとの事。母屋にあった大黒柱も燃えましたが、現在、建築屋さんに預かってもらっており、ゆくゆくはそれをそのまま見える所に使って、戒めの為に後世に残していきたいと考えているそうです。


▲蔵の裏手 白いカバーがかかっている所に土壁があった

火災後は何日も炭の匂いがあたりに立ちこめ、醪に付くのではと懸念があったものの、結果としてそうはなりませんでした。炭の匂いは炭をかけても消えないのでもし付いていたら全て廃棄になるところだったそう。


▲まだ片付けきれずに山積した残骸。

当時メインだった仕込蔵も煙に巻かれ、仕込みの続行は無理だと判断し、火災直後にタンクを隣の倉庫に移しました。現在は炭の匂いも全く消えたため、山廃酛は再びここで仕込んでいます。


▲元々の仕込み蔵だった場所。

訪問させていただいた時、洗米、浸漬、蒸し作業を行っていました。以前、年季物の自動洗米機を使用していましたが、正確な吸水率が図れず、浸漬にムラができるので、今年からウッドソンを使用しています。甑は5年前、壺阪専務が杜氏になった時に購入した物。写真の通りブルーシートで仕切って作業スペースを確保しています。一度に800K、1時間蒸しで45分からスーパーヒーター(乾燥蒸気)を当てています。


▲甑と蔵人

麹室は異なる温度と湿度に設定した複数の部屋に分ける蔵も多いですが、山陽盃酒造では一つの部屋のみ。蓋付きの箱を設置し、その中で異なる環境を作り出しています。部屋全体で種付けをする時の環境、蓋で密閉して湿度をあげる環境、温風を入れる事によって乾燥させる環境まで対応しています。前の杜氏さんの時から使用していますが、ここを使うのも今期か来期までとのことです。今まで麹室の真下に仕込み蔵があり、導線が活きていましたが、今回の火事の影響で移動させた甑と仕込み蔵から離れ、麹室だけが孤立した形になってしまったからです。


▲麹室に設置された温度と湿度を管理する箱

以前から物置のような状態で使っていなかった倉庫を現在仕込蔵として活用しています。かつて桶売りしていた時代に使用していた11,000L  や7,000Lといった大きなタンクが24本ありましたが、全て外に出して、小仕込み用のタンクに入れ替えました。工事現場などで使う足場を仮で組んで使用しています。この部屋全体に冷蔵設備が完備されており、ゆくゆくはリフォームしてきちんと仕込み蔵にする事も検討しています。


▲現在の仕込蔵


▲仕込み中の山田錦40%

今回、火災から3ヵ月という時に行かせていただきましたが、正直どの様に声をかけていいか悩みました。ただ、壺阪専務をはじめ、スタッフの皆様はしっかり前を向いていらっしゃったのが印象的でした。又、最後にテイスティングをさせて頂き、色々お話しをお伺いしましたが、取り組むべき方向性がきちっと見えてきたそうで、酒質が確実に良くなっているのを感じました。

壺阪専務から頂いた言葉です。「火事になりどうしようもなく感じた瞬間もありましたが、自分は酒を造る事しかできませんし、そうする事が ご恩を頂いた方々への僅かながらの恩返しと考えています。一緒に盛り上げて行きましょう!」蔵の復旧と同時に、さらに上を目指して真剣に造りに取り組む蔵の方々の姿を見て、私も播州一献のお酒に込められた造り手の気持ちと、美味しさをより多くの方へもっと届けて行かなければと思いました。

最後に、壺坂専務から皆さまへメッセージをお預かりしましたのでご紹介いたします。

火災から4か月が過ぎますが、まだまだ火災部分の解体作業は続いております。しかし、蔵人一丸となり一人でも多くの方に「おいしい」と言っていただけるよう、魂を込めて誠心誠意お酒を醸しております。多くの方々にいただいたご恩を噛みしめ、それに対する《感謝》を合言葉に奮闘しています。どうぞ温かいお気持ちで弊蔵の復興を見守っていただければ幸いです。必ず復活します!どうぞ今後とも宜しくお願いいたします。