
●最初の一杯は、ハイボールでした
用意された、ガイアフロー静岡蒸溜所(以下、静岡蒸溜所)の「ブレンデッドM」。氷がたっぷりと入ったグラスへ、なるべくグラスの縁に沿わせ、氷に触れないように静かに注ぎます。そして炭酸も同じように氷に触れないように注ぎ、軽くステアしたらハイボールの完成です。ひと口飲むと、軽やかなハイボールを想像していたのとは少し違う、しっかりとした飲み応え。
「ウイスキーのハイボールって、こんなに味わいがあるんだ」
そんなことを感じながら、セミナーが始まりました。
今回参加したのは、静岡蒸溜所のウイスキーセミナー。ウイスキーについての基礎知識から、静岡蒸溜所ならではのウイスキー造り、そして実際のテイスティングまで。ウイスキーは、少し知るだけで、一杯がもっと面白くなる。この記事では、セミナーで知ったこと、そして実際に味わったウイスキーを通して、その魅力をご紹介します。

●ガイアフロー 静岡蒸溜所について
蒸溜所があるのは、静岡市の山あいに広がる「オクシズ」と呼ばれる地域。南アルプスの南端に位置し、豊かな自然に囲まれた場所です。そんな場所で、「できるだけ静岡のものを使って、静岡でしか造れないウイスキーを目指す」をビジョンにウイスキー造りを行っています。仕込み水には、南アルプスから流れ出る伏流水。発酵には、静岡市産の杉材を使った木製の発酵槽。そして蒸留では、地元の薪を使った直火蒸留。原料から設備、そして蒸留方法まで、さまざまなところに「静岡」という土地が取り入れられています。
実は、静岡蒸溜所の美しい建物を設計したアメリカ人建築家のデレック・バストン氏は、この仕事をきっかけにお酒造りに魅了され、建築家として活動する一方で、自らも酒造りの世界に足を踏み入れています。彼が2019年に立ち上げたのが、今や日本のクラフトビール界を席巻する大人気ブルワリー「West Coast Brewing(WCB)」。静岡のウイスキー造りが、巡り巡って最高のクラフトビールを生み出したという、お酒好きにはたまらない素敵な繋がりがあります。
●そもそもウイスキーはどうやってできる?
「ウイスキーって、樽に入れて何年も寝かせているお酒でしょう?」もちろん、それもウイスキー造りの大切な工程のひとつです。でも、樽に入れるまでにも、実はたくさんの工程があります。大まかにいうと、ウイスキーは「原料 → 製麦(せいばく) → 麦芽(原料) → 粉砕 → 糖化 → 発酵 → 蒸留 → 熟成」という工程を経て、一杯のお酒になります。
1.原料
ウイスキーの原料には、主に大麦などの穀物が使われます。日本国内のウイスキー蒸溜所では、海外から輸入した大麦を原料として使用することがほとんど。
静岡蒸溜所では、仕込みごとに麦芽の産地を分けており、静岡産の麦芽を使った仕込みも行っています。静岡県内で大麦の栽培を開始したのは2015年。それまで大麦は全く生産しておらず、ゼロからのスタートでした。国産大麦は海外産に比べて2~3倍値段が高く、それでも「地元静岡県産の大麦を使ったウイスキーを飲んでみたかった」という想いで取り組まれたそう。現在、静岡の酒米農家さんの協力のもと、酒米を育てた田んぼで大麦を「二毛作」で栽培されています。
2.製麦(せいばく)・糖化
ウイスキー造りでは、収穫した大麦を「製麦」という工程でウイスキー造りに適した状態に加工します。大麦を発芽させて麦芽(モルト)にし、温水と合わせることで、麦芽に含まれる酵素の働きを利用してデンプンを糖に変えていきます。この糖が、次の「発酵」でアルコールを生み出すもとになります。
静岡蒸溜所では、製麦を終えた麦芽を仕入れ、粉砕以降の工程を行っています。
3.発酵
糖を含んだ液体に酵母を加えると、酵母が糖をアルコールや香りのもととなる成分へと変えていきます。発酵によってできた液体を蒸留することで、ウイスキー造りは次の段階へ進みます。
そして、この「発酵」にも、静岡蒸溜所ならではのこだわりがあります。それが、静岡県産の杉を使った木桶の発酵槽です。
日本酒の世界では木桶を使った酒造りが見直されていますが、木桶に使われる杉は奈良県の吉野杉が一般的。一方、静岡蒸溜所では「せっかく静岡でウイスキーを造るのなら、発酵槽にも地元の杉を使いたい」という思いから、静岡の杉を使った木桶を製作しました。木桶造りを手がけたのは、伝統的な木桶造りの職人として知られる上芝雄史氏。自ら山に入り、木桶に適した杉を選ぶところから始めたそうです。当時、日本酒の業界でも、地元の杉を使って木桶を製作しているところはなかったそう。
そして酵母にも、静岡ならではの取り組みがあります。沼津工業技術支援センターを中心に、静岡のクラフトビール醸造所と静岡蒸溜所が協力し、ビールとウイスキーの両方に使える酵母を開発しました。この酵母を使用して、一部の仕込みを行っているとのことです。
4.蒸留
ここからが、ウイスキー造りの大きな特徴のひとつ、「蒸留」です。ウイスキー造りでは、発酵によってできた液体を蒸留し、アルコールや香味成分を取り出していきます。蒸留を2回行う製法が一般的ですが、回数や方法はウイスキーによって異なります。
そして、静岡蒸溜所を語るうえで欠かせないのが、この「蒸留」。静岡蒸留所では、蒸留を2回行います。1回目を「初留(しょりゅう)」、2回目を「再留(さいりゅう)」と呼び、初留に2基の蒸留機「W」と「K」を使い分けることで、ウイスキーの原酒に異なる個性を生み出しています。初留釜「W」は世界でも珍しい、薪を使った直火による蒸留が行われています。実は、この薪直火蒸留こそ、静岡蒸溜所の大きな特徴のひとつ。この話は、後ほどもう少し詳しくご紹介します。
5.熟成
蒸留した原酒を樽に詰め、ここから長い熟成が始まります。樽の中で時間を過ごすうちに、原酒は樽の成分を取り込み、色や香り、味わいを少しずつ変化させていきます。
ウイスキーは「長く寝かせれば寝かせるほど良い」という単純なものでもありません。樽の種類や大きさ、熟成する環境、原酒との相性など、さまざまな条件によって味わいは変わります。だからこそ、同じ蒸溜所で造られたウイスキーでも、熟成年数や樽、原料などが違えば、一杯ごとに違った個性が生まれるのです。
こうして見てみると、ウイスキーの味わいは「何年熟成したか」だけで決まるわけではないことが分かります。原料の大麦だけではなく、発酵に使う木桶にも、酵母にも「静岡」がある。静岡という土地へのこだわりが、ウイスキーの味わいにも息づいているのかもしれません。

●2機の蒸留機による味わいの違い
静岡蒸溜所には、初留に使われる蒸留機が2機あります。ひとつが、薪を燃料にして蒸留する「W」。もうひとつが、蒸気による間接加熱で蒸留する「K」です。同じ蒸溜所で造られるウイスキーでも、蒸留機や加熱方法の違いによって、原酒の個性にも違いが生まれます。
薪直火蒸留の「W」
静岡蒸溜所の大きな特徴のひとつが、世界でも唯一と言われる、薪直火蒸留機「W」です。「Wood-fired(薪の炎)」の頭文字から「W」と呼ばれています。
現在のウイスキー造りでは、蒸気などを使った間接加熱が一般的。そんな中、あえて薪を燃やし、蒸留機を直接加熱する方法を選んだのは、「昔ながらのウイスキーを味わいたい」、中村社長のそんな想いからでした。薪は、ガスや蒸気のように火力を一定に保つことができません。薪の大きさや乾燥具合、燃え方によって炎の状態も変わります。
温度コントロールが命のウイスキー造りにおいて、火力が安定しない「薪」を使うなど、現代のウイスキー界の常識ではあり得ない挑戦でした。それでも直火・炭火のプロ、一流の職人たちとの交流を経て、中村社長の頭の中では「理論上、薪直火でも良いウイスキーが蒸留できる」という確信に変わっていましたが、実際に蒸留するまで気が気じゃなかったそうです。
そしてこの薪直火蒸留の燃料には、静岡の山から出る針葉樹の間伐材を使用し、ここでも静岡らしさを取り入れています。
実際にテイスティングしてみると、落ち着いた香りの中に、微かに香ばしいニュアンス。口に含んだ後はすっきりとした印象で、余韻も軽やかにまとまります。
蒸気間接加熱の「K」
一方の「K」は、蒸気による間接加熱を採用した蒸留機です。「K」は時代の波に押されて閉鎖・解体された「軽井沢蒸留所」で使われていました。そのため「Karuizawa(軽井沢)」の頭文字から「K」と呼ばれています。
軽井沢蒸留所は1955年に操業を開始し、2001年には「軽井沢12年」が国際的な品評会で金賞を受賞するなど、日本のウイスキーが世界で評価される先駆けとなった蒸溜所です。しかし2000年ごろにウイスキーの製造を停止し、2011年に蒸溜所が閉鎖され、二度と原酒が新しく造られることがなくなりました。世界で高く評価された味わいと、もう造ることのできない希少性。この二つが重なり、「伝説」と呼ばれる存在になったのです。そして、この歴史的な蒸留機は、引き取り手のないまま、あやうくスクラップとして処分される寸前。この窮地を救ったのが、解体直前に行われたオークションで、ガイアフローの中村社長が見事に落札し、静岡蒸溜所で生まれ変わりました。
「W」のように炎を蒸留機に直接当てるのではなく、蒸気を使って間接的に発酵液を加熱していきます。
こちらをテイスティングしてみると、「W」とは対照的に、華やかで甘い香りが印象的。口に含むとその華やかさが広がり、飲み終えた後も深い余韻が長く続きます。落ち着いた香りとすっきりとした余韻が印象的な「W」に対して、「K」は華やかな香りと甘さ、そして長く続く深い余韻。
こうして飲み比べてみると、同じ静岡蒸溜所で造られた原酒でも、蒸留機の違いによって異なる個性が生まれることが分かります。
2つの個性をひとつに「ユナイテッドS」
この2つの蒸留機から造り出された原酒をそれぞれ熟成し、ブレンドしたものが「ユナイテッドS」です。
ブレンドの面白さは、異なる個性を持つ原酒を組み合わせることで、それぞれ単体で飲んだときとは違った味わいをつくり出せること。「W」の持つ落ち着きや微かなスモーキーさ、「K」の華やかさや甘さ。それぞれの個性を感じながらも、ブレンドすることで味わいにまとまりが生まれます。
実際に飲んでみると、どちらか一方の個性だけが前面に出るのではなく、香りや味わいが重なり合い、ひとつのウイスキーとしてまとまっていることが感じられます。
「蒸留機によって原酒の個性が変わる」ということを知ったあとだからこそ、その原酒を組み合わせて味わいをつくる「ブレンド」という工程も、より興味深く感じられました。
一杯のウイスキーの中には、原料や発酵、蒸留、熟成だけでなく、最後にどの原酒をどう組み合わせるかという「ブレンディング」の技術も詰まっています。知れば知るほど、一杯の中にいろいろな物語が見えてくる。それも、ウイスキーの面白さなのかもしれません。
●最後に・・・
今回のセミナーを通して、ウイスキーの味わいは、原料や製法だけでなく、その土地や造り手の考え方まで含めて形づくられているということを、改めて感じました。
静岡の大麦、山から選ばれた杉、薪の火、蒸留機、そしてそれを扱う人たち。静岡らしさを追求する姿が、一杯のウイスキーになっている。そう考えると、グラスの中の一杯が少し特別なものに感じられます。
ウイスキーは難しいお酒ではありません。
ストレートで香りも楽しみつつ、じっくり味わうも良し。少し加水して違いを楽しむのも、ロックにして氷が溶けるごとに変化する味わいを楽しむのも、ハイボールで気軽に楽しむのも自由で楽しいお酒だと感じました。
ぜひ実際にグラスに注いで、その香りと味わいを楽しんでみてください。










