花の香酒造「産土」で守り伝える豊かな自然

2021年末に突如誕生した、熊本県・花の香酒造の新銘柄「産土(うぶすな)」。SNSを中心にその評判は広まり続けており、産土ブランドの立ち上げから1年半経った今でもオンライン店では入荷のたびに即・在庫切れとなっている人気銘柄です。先日花の香酒造の神田清隆社長にご来社いただき、誕生の背景や造りに込められた想いを伺いました。

大自然に囲まれた「花の香酒造」

熊本県の北西部、玉名郡和水町(なごみまち)に蔵を構える花の香酒造。神田さんが小学生の頃は町に信号が1機もなく、うなぎやドジョウが近所の川や沼にたくさんいたそうです。周りには自然豊かな山々を望む田園風景や川があり「和水町は熊本の中でも結構田舎の方です」と神田さん。

2011年に6代目当主として蔵を継いだ神田さんは、代表銘柄「花の香」の酒質アップに取り組む傍ら、日本酒造りに欠かせないお米作りにも携わるようになりました。その中でトンボやミツバチ、ドジョウなど昔は当たり前のようにいた生物が年々減っており、田んぼや畑をはじめとする和水町の豊かだった自然が減っていることにふと気づきます。護岸工事を経て綺麗に整備された川や、肥料と農薬をたくさん使った田んぼから収穫されるお米。それに反比例するように自然界から動植物が減っていくこと。人間がお金や利益を追いかければ追いかけるほど、山が荒れ、動物が住めなくなり、生態系が崩れてこのままでは取り返しのつかないことになってしまうのではないかと危機感を抱いたそうです。

2017年には「花の香」が国内外の日本酒品評会で賞を受賞し確かな評価を得ていく中、翌年から田んぼでは肥料や農薬を使わない「自然農法」を開始しました。すると草花や虫の増加に伴ってそれを食べる鳥や動物が増え、一度は崩れかけた生態系が少しずつ戻り、蔵や田んぼの周りの自然環境が豊かになり始めたそうです。日本酒造りだけでなくお米作りにも取り組むことで「土地を守り豊かにすること」の大切さを知り、改めて「何のためにお酒を造るのか」を深く考えるようになりました。

フランスをめぐって見つめなおした、熊本・和水町の凄さ

今回ブランド名となっている「産土」は、「土地の恩恵や土着の神様」を指す日本の古語。「産土」と名付けるに至ったのは、ワインでよく使われる「テロワール」の考え方を学ぼうとフランスを旅したことがきっかけでした。

「テロワール」とは、その土地の気候や土壌、地域の個性などワインやブドウを取り巻くすべての「環境」を指す言葉。キャンピングカーを借りてシャブリやブルゴーニュ、ボルドーなどワインの名産地約3,500kmをめぐる中で、神田さんは各村の伝統と伝統への敬意、そしてそこに住む人々が地域の伝統を次の世代へ受け継いでいこうとする意志を強く感じたといいます。それに対して日本・熊本・和水町のことを振り返り、深掘りして調べていく中で改めて地元の素晴らしさに気づいたのです。

・水稲文化、2000年

日本全国に装飾古墳が660基あるうち、その2/3が九州に、なかでも1/3が熊本県に、そして花の香酒造が位置する菊池川流域には1/6もの装飾古墳跡が集まっています。かつては邪馬台国だったのではないかという説もある和水町。装飾古墳がたくさんあるということは昔から人が繫栄しやすかった豊かな場所ということで、産土ではこの菊池川流域のお米を使っています。

・水の都、熊本県

熊本県は日本の名水百選に日本一多く選ばれており、水道の水源はすべて地下水で賄われています。蛇口をひねれば100%ミネラルウォーターが出てくるのは日本で唯一熊本県だけです。これは阿蘇山のおかげで、9万年前の阿蘇山大噴火による火砕流跡の岩盤の下に豊富な地下水がため込まれており、そこには多くのミネラル分が染み出ています。花の香酒造では仕込み水に代々守り続けてきた神社の井戸水を使用しており、産土のテクスチャーにとろみを感じるのはこのミネラル分による影響です。

・天下第一の米、肥後米

江戸時代には「天下第一の米」といわれていた肥後米。これは当時の和水町付近で栽培されていて、将軍への献上米のほか横綱や千両役者へのお祝い米として非常に高い価値をもっていました。神田さんは「肥料も農薬も使わずに育てた肥後米のポテンシャルは計り知れない」と語ります。

この肥後米のひとつとして記録が残る品種が「穂増(ほませ)」です。穂増と神田さんの出会いは唐津の遺跡を訪ねたときのこと。資料館に優良品種の系譜図があり、そこに山形の「亀ノ尾」、静岡の「愛国」、京都の「旭」、兵庫の「神力」、岡山の「雄町」と並んで熊本の「穂増」の文字がありました。しかし同行していた農家さんさえ穂増のことを知らず、調べてみると明治初頭に消滅したまま幻の米となっていました。天下第一の米と言われた肥後米の優良品種「穂増」、これを使わない手はないと考えた神田さん。2017年、ついに熊本県内の農家の皆さんがわずか40粒の種籾から復活栽培に成功し、そこから「産土 穂増」が仕込めるようになりました。

コロナ禍を経てたどりついた「目指す場所」

地元のことを深く知っていく中で、「お米を磨き最新の酵母を使っていくことから気持ちが離れ、自分が本当にやるべきことが見えてきました」と語る神田さん。産土の酒造りは、醸造技術を磨いて酒質第一で考えるのはもちろんのこと、米作りなどの基礎産業を大切にしながら日本の伝統や文化、そして生態系を守っていくことを目指しています。

昔ながらの豊かなモノづくりを引き継ぎ、熊本のお米と水、そしてそこに棲む菌や微生物の力をかりて日本酒を醸していくこと。そんな想いが産土のラベルにも込められています。

▲日本の国菌であるコウジカビやミトコンドリア、DNAや乳酸球菌、土壌微生物など…土地の豊かさで醸す酒が「産土」です

産土で使うお米は、ゆくゆくは全量を肥料や農薬は全く使わない「自然農法」のものにしていくつもりだそう。農法についても今後は稲の手植えや畑苗代、冬季灌水と馬耕栽培に取り組み、醸造については生もと仕込みで木桶醸造、酵母無添加にするのに加えて、お米は現在使用している山田錦と穂増のほかにも新たな肥後米での仕込みにもチャレンジしていきたいと仰っていました。

▲それぞれのマークが産土の農法や醸造方法を表しており、マークが多いほど産土の中でもランクが上の商品となっていきます

今回のセミナーで印象的だったのが、神田さんの「自然や動物は人間のためにあるわけではありません。だからこそ共生していかなければいけないのです」という言葉。普段の生活においても知らぬ間に、人間にだけ都合の良い生き方になっていたのではないかとハッとさせられました。

生もとづくりや木桶仕込みなど、伝統回帰で手間のかかる造り方だからこそ生産量が多くはない産土。オンライン店やはせがわ酒店の実店舗で見かけた際にはぜひお手に取ってみてください。熊本の豊かな自然と産土ならではの世界観に、きっと誰もが魅了されるはずです。