新蔵始動!「みむろ杉」旨さの秘密に迫る訪問記 -前編-

はせがわ酒店でも屈指の人気銘柄「みむろ杉」。毎年信じられないほどのスピードで酒質が進化しており どの商品も美味しい銘柄で、私・松丸も友人宅に持っていったり人にお勧めしたりするほど安心感のある日本酒です。最近は奈良発祥の“菩提もと”造りや吉野杉を使った“木桶”仕込みのお酒をリリースするなど、蔵を構える“奈良県・三輪”を体現する日本酒造りに注力しており、さらには今年4月 大神(おおみわ)神社参道横に新蔵をオープンさせました。日本酒好きの皆さまも「次はどんなお酒がでてくるのだろう」とワクワクしているのではないでしょうか。

今回 今西酒造の新蔵「三輪伝承蔵」のオープンに先駆け、私たちはせがわ酒店スタッフが奈良県・三輪を訪問!「みむろ杉」を造る本蔵から、日本酒とは切っても切り離せない深い関係を持つ大神神社、そして出来立てほやほやの新蔵「三輪伝承蔵」を見学してきました。読めば「みむろ杉」が飲みたくなる、そして三輪に行きたくなる!そんな記事を目指してしたためます。

はじめに―――「みむろ杉」の生みの親・今西将之さんはどんな人?

創業1660年の今西酒造。365年間続く蔵を取り仕切るのは、14代目蔵主・今西将之(まさゆき)さん。創業以来守り続けてきたのが漢字の「三諸杉」で、今西さんが2014年に立ち上げたのがひらがなの「みむろ杉」です。

▲今西酒造14代目蔵主・今西将之さん

「元々『蔵を継げ』とは言われていませんでしたが、親父の格好良い背中を見て小さい頃から“自分が継ぎたい”と考えていました。」と目をキラキラさせながら語る今西さん。中学・高校を大阪で過ごした後、「酒造りとは異なる視点を持って自分を磨いておきたい」という考えから、酒造りを志す学生が集まる大学ではなく京都の大学に進学し、卒業後は東京の大手人材会社・リクルートに就職。なんと入社3年目から全社トップの成績を出し続け、当時社内で名前を知らない人はいないほどの実力を備えた営業マンとなります。

そんな今西さんの人生が大きく変わったのは、入社6年目の28歳の時。当時蔵の経営を担っていたお父さんから突然電話で「癌で余命3ヶ月と言われた。すぐ戻ってこい!」と連絡が入ります。仕事の引き継ぎを急いで済ませて奈良に帰るも、お父さんはその後1週間ほどで亡くなってしまい、今西さん自身が想定していたよりもずっと早く蔵を継ぐことになりました。

ところが、蓋を開けてみると蔵の経営状態はボロボロで赤字だらけ。肝心の日本酒も「他の蔵のお酒と飲み比べをして、ひときわ美味しくないのがうちのお酒でした」と苦笑いしながら語るほどの状態でした。しかし、何をどうすれば良いのかが分からない。困った今西さんが地元・奈良の飲食店さんを頼って紹介されたのが、弊社代表・長谷川です。

「さっそく長谷川社長に奈良へ来てもらい蔵の中を案内しました。しかしその顔がどんどん険しくなっていき、最後にきき酒してもらおうと出したお酒には手も付けてもらえなかった。『こんな汚い蔵で作ったものは飲まなくても不味いと分かる。』おまけに『どんなにお金がなくても“掃除”はできるだろう。それさえしないなら酒造りなんてやめてしまえ!』とまで言われてしまったんです。ただ、社長は厳しく突き放すだけではなく、他の蔵を見て学ぶ機会も与えてくれました。」その後立ち上げたのがひらがなの「みむろ杉」です。

また今西さんは、蔵を継いで進む方向性を模索する中で、中学校進学以来16年ぶりに帰ってきた地元の凄さに改めて気づきます。

「三輪は、歩くたびに歴史に触れる場所なんです。商売発祥、仏教伝来、相撲に能楽、そして酒造りなど…挙げだしたらキリがない。地元のおじいちゃん・おばあちゃんに三輪の話を聞けば聞くほどのめり込んでいってしまって。そうしているうちに、僕は『酒造りを通じて三輪の地を表現し、日本、そして世界に広めていきたい』と考えるようになりました。」

「みむろ杉」が醸される奈良県・三輪はどんな場所?

・酒造り発祥の地

そもそも酒の起源とは、神様との交信の手段だったそうです。酒を飲んで酩酊状態になることで神様の声を聞き、お告げをする。卑弥呼や陰陽師もまた、そのようにして神託を得ていたと言われています。この三輪の地は、卑弥呼の墓とされる場所からもほど近く、まさに古代日本の中心地でした。

そんな三輪がなぜ“酒造り発祥の地”と呼ばれているかというと、世界で唯一杜氏の神様が祀られている「活日(いくひ)神社」が大きく関係しています。日本書紀と古事記によると、

―――第10代崇神(すじん)天皇(※実在したとされる最古の天皇)の時代、国が亡びるかのような大変な疫病が流行します。大いに悩み苦しむ崇神天皇の夢の中に、ある日三輪の神様が登場し、お酒を供えるよう告げられました。そのため崇神天皇は藁にもすがる思いで 当時「酒造りの名人」と呼ばれていた高橋活日命(たかはしいくひのみこと)に酒造りを依頼します。出来上がったお酒を神様にお供えしたところ、疫病が鎮まり、国がますます繫栄したのです―――

そこから高橋活日命は杜氏の神様として神格化され、祀られるようになりました。そして崇神天皇の夢に出てお告げをした三輪の神様は、お酒の神様として信仰されるようになるのです。これが約1800年前の三輪の物語で、三輪が“酒造り発祥の地”と言われる最も重要な所以です。

▲高橋活日命が祀られている活日神社。木漏れ日が当たる気持ち良い場所です。

・杉玉発祥の地

そして三輪を語る上で欠かせないのが、日本最古の神社である大神(おおみわ)神社です。年間500万人が訪れるこの神社の特徴は“三輪山”自体がご神体であるということ。通常、他の神社ではお社(本殿)の中に神様がいて、そこに向かってお参りするのですが、三輪の場合はお社のことを拝殿(はいでん)と言い、本殿は神様がいる三輪山を指します。この三輪山は“杉”に覆われた大きな山で、古来よりこの杉に神が宿ると考えられてきました。その神聖な杉を用いて作られたのが、大神神社の拝殿にかけられ、その象徴になっている重さ150kgの大杉玉。全国の杉玉のボスともいえるこの大杉玉は、毎年11月に日本各地の蔵元や杜氏が三輪に集って行われる「醸造安全祈願祭」で新しいものが奉納されます。その後、三輪の神様の魂が込められた小さな杉玉が全国の酒蔵へと送られ、現在は全国約7割の酒蔵にこの大神神社から杉玉が届けられているんだそうです。

▲境内には赤や金などの派手な色は殆どありません。自然信仰の大神神社らしい落ち着いた色合いが心を穏やかにさせてくれます。

三輪の“清らかさ”を表現する「みむろ杉」

また、大神神社の境内に位置し、拝殿から徒歩5分ほどの距離にある狭井(さい)神社には健康の神様が祀られており、その湧き水は「飲めば万病に効く」とも言われ、医薬品業界関係者をはじめ遠方からも多くの人が訪れます。この清らかで柔らかな水こそが、今西酒造の酒造りの生命線。蔵の井戸からもこの水脈と同じ水が豊富に湧き出ており、自社田・契約農家さんの田んぼも含め、米作りもこの水が湧き出る一帯のエリアで行っています。

▲ボタンを押すと水が出てくる便利な仕組み。一口含むと、柔らかく身体に沁み込むような清らかさで、まさに「みむろ杉」の輪郭そのものに感じました。

「僕たちは、この三輪の一点の曇りもない清らかな空気感そのものを“酒”という液体で表現したいと考えています。これこそまさに、今西酒造の哲学である『清く・正しい・酒造り』の『清く』の部分。そして、この清らかさを液体に込めていく場所が酒蔵です。そのため、この空気感の延長線上にある“清らかな空間作り”を強く意識して日々メンテナンスや清掃を行っています。この三輪の地で生まれた清らかな水と米、そしてこの地に息づく歴史と文化。それら全てが、『みむろ杉』という酒に凝縮されているのです。」

記事後編ではいよいよ、「みむろ杉」の美味しさの秘密に迫ります。

>>新蔵始動!「みむろ杉」旨さの秘密に迫る訪問記 -後編-はこちら

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