
>>新蔵始動!「みむろ杉」旨さの秘密に迫る訪問記 -前編-はこちら
今西酒造の新蔵「三輪伝承蔵」のオープンに先駆け、はせがわ酒店スタッフが奈良県・三輪を訪問!記事前半では今西酒造を率いる14代目蔵主・今西将之さんの人となりや、蔵が位置する「奈良県・三輪」の地をご紹介しました。後半ではいよいよその“美味しさ”の秘密に迫るとともに、新蔵「三輪伝承蔵」をご覧いただきます!
● 「みむろ杉」はなぜ美味しいのか?──その裏にある“正しい”酒造り
酒造り発祥の地・そして三輪に唯一残る酒蔵としての矜持を持ち、今西酒造ではどんなに手間がかかっても「“正しい”ことをやり抜く酒造り」を徹底しています。
・10kgずつ洗米、蔵の辞書には“効率”の文字なし?
たとえば洗米。大量の米を一度に洗えば効率的ですが、糠が落ちきらず雑味の原因になってしまいます。そのため今西酒造では全量10kgずつ 1日約600回、年間では約18,000回にも及ぶ洗米作業を行っており、さらには1回ごとに水を替えているというのだから驚きです!
「なぜここまでするかというと、それが最も“正しい”方法と考えているからです。洗米の目的が“米の糠を完璧に洗い流すこと”ならば、大量の米を一度に洗うよりも、少量ずつ丁寧に洗った方が確実に糠を落とせる。どれほど膨大な時間がかかろうとも“効率”ではなく“正しさ(品質)”を追求するのが僕らの考え方です。こうすることによって、実際に飲んだ後の余韻が明らかに変わって、すっと消えるような綺麗な味わいになりました。」
・農家ごとに仕込みを分ける、全てを“点”で狙う発酵制御
「元々は同じエリアであれば同じ米だろうと考えて、一緒くたにして酒造りを行っていました。けれど、農家さんが違えば吸水率が全く異なるのです。例えば30%に吸水させたい場合でも、Aさんの米なら10分30秒、Bさんの米なら10分10秒といった具合に差がでてきます。これらを混ぜてしまうと平均値としての30%は取れるかもしれませんが、米一粒一粒で見ると、実際には31%と29%のものが混在している状態になるわけです。僕らは発酵を面ではなく点で捉え、それぞれのお米に合った調整をしていく。そういう酒造りをしています。」
同じ土地でも、育てる人が違えば米は違う。だから混ぜない。それが、今西酒造が実践する「農家仕込み」の考え方です。
▲(左)農家さんごとに精米された酒米 (右)10kgずつ、目的ごとに分けて管理されています
・設備・人材・手間、すべては“正しさ”のために
「正しさ」を追求するために、設備も人員も惜しみなく投資します。製造スタッフは総勢29名。今西酒造の製造量を考えると業界では通常8名程度で醸すのが平均的ですが、なんとその3倍以上の人数をかけて酒造りを行っています。最先端の分析設備を揃え、毎日もろみの状態を人間ドック級にチェックします。毎日分析にかける時間はなんと3時間にも及ぶとか…。
「それに加えて、うちは“当日瓶詰め・火入れ”を実現しています。毎朝もろみの味をみて『よし、今日搾ろう』と決めたら瓶詰め班が一斉に動く。全ての主語が『酒』なんです。人間のローテーションとか一切無視(笑)。だからある程度人手を多くしています。これも僕らの考える“正しさ“ですね。」
「雑菌は百害あって一利なし。お酒に望ましい香味をもたらすことは決してありません。私たちはそのリスクを嫌い、エアシューターを一切使わず、全ての米を手作業で運び、タンクに入れています。」
すべての仕込みに「理由」があり、すべての酒質に「意図」がある。理想を現実に変えていく。このように、手間と時間を惜しまず常に最高の品質を求める姿勢が「みむろ杉」一本一本に宿っているのです。
● 相反する「味わい」と「時代の技術」が共存する蔵
軽やかで綺麗な味わい、なのに米の旨みがしっかりある。アルコール度数が低めで飲みやすいのに、物足りなさがない。通常なら相反するはずのこの味わいを両立させるため、今西酒造では“米を溶かす酒造り”を実践しています。それでいて味が荒くならないのは、糠を落としきる徹底した洗米などの手仕事と、低温で長期間じっくりと制御しながら行われる発酵の賜物です。
▲菌糸がしっかりまわった麹。他の日本酒蔵の人が見学に来ると、この麴に一番驚かれるそうです。それくらい溶かす力が強い麹です。
さらに今西酒造の特筆すべき点は、室町時代に生まれた「菩提もと造り」という歴史的で文化的な製法と、最新設備を使った令和の「速醸もと」による酒造りの両方に取り組んでいること。腐敗を防ぐための先人の知恵と工夫が詰まった菩提もとによる複雑で深い味わいと、速醸もとによるピュアで透明感のある味わい。一つの蔵の中で、異なる時代の酒造りの技術が共存している特異な蔵といえるでしょう。
● 未来への架け橋「三輪伝承蔵」への熱い想い
そして見逃せないのが、今年の4月にオープンした新蔵「三輪伝承蔵」。こちらは単なる“酒造りの場”ではありません。
▲入口の太鼓橋は、地元のおじいさん・おばあさんから「むかし三輪の町にあった」と聞いて作ったもの。以前はその下を汽車が通っていたのですが、車社会に変わった時に壊されてしまったそうです。「太鼓橋のある三輪の景色を復活させたい。さらに三輪の文化や歴史を伝えていきたい。」そんな想いから“三輪伝承蔵”と名付けられました。
建屋にはすべて、三輪山の杉を吉野山に植えて育てた“吉野杉”を使用。奈良県の伝統的な建築技法であり、正倉院の造りでもある“板倉(いたくら)造り”と“校倉(あぜくら)造り”の美しい建物で、三輪の歴史と文化を体現しています。中には試飲カウンターや冷蔵庫があり、ガラス越しに仕込みの様子を見学することができます。カウンターも木桶も甑も、ありとあらゆるものが吉野杉でできており、蔵には爽やかで落ち着く杉の香りが満ちていました。
全て菩提もと、そして木桶で発酵を行う「三輪伝承蔵」は、従来の蔵では成し得なかった若い蔵人達の責任醸造という新たな挑戦も行っていきます。三輪の歴史・文化・風土に加え、これまで培ってきた“技”も伝承していく。若い蔵人たちが自らの手で酒造りに挑戦し、三輪を訪れた人に提供し、そこで得た知識や経験を本蔵での酒造りに活かしていく。三輪伝承蔵は、今西酒造が未来に向けてさらに進化を続けていくための重要な拠点となっていくでしょう。
三輪伝承蔵で造られたお酒は、現地での販売・提供のみ。酒造り発祥の地でロマンを感じながら、”ここでしか飲めない”日本酒を味わう――もしも「日本酒版ミシュラン」があれば、まっさきに選ばれるのが今西酒造ではないかと感じました。この記事を通して「みむろ杉」が育まれた豊かな歴史と文化、そして蔵人たちの熱い想いを感じていただき、見どころと美酒溢れる“三輪”へ足を運ぶきっかけになれば幸いです。
● おわりに―――
常に酒質を向上させ続け、人気銘柄の座を揺るがぬものにしつつある今西酒造。そのお酒がなぜいつも美味しいのかと聞いてみると、今西さんは「酒造り発祥の地・三輪に唯一残る酒蔵のお酒が『不味い』といわれるわけにはいかないでしょう。そして何よりも、”三輪の素晴らしさ“を伝えることが自分の天職だと思っているからです」と語ってくれました。
毎ロット、自分が100%自信をもってお勧めできる品質を保ち続けること。さらに、1cmでも1mmでも進化しブラッシュアップさせていくこと。その使命感とプレッシャーをいつも強く感じているという今西さん。その言葉通り「みむろ杉」には、三輪の歴史・水・米、そして何より今西酒造の“正しさ”へのこだわりがこれ以上ないほど詰まっています。「みむろ杉」を飲むときにはぜひ、その背景に思いを馳せてみてください。きっと、味わいの奥に“清らかさ”と“凄み”が感じられるはずです。